Top

サラさんとらくさんのイスラームとユダヤな世界のコラボレーション! 
by collabo-sarakuda
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
死者の魂はどこへ行くのか?
 さて、これから始まるこのコラボ。ぜひぜひ楽しいものにしたいものです。
 とはいうものの、らくさんから仰せつかった先発指令。何となく緊張してしまいますね。


 日本はそろそろお盆休みが話題になる頃でしょうか。

 ところで、このお盆という行事は、イランにイスラームがやって来る以前に広く信仰されていたとされるゾロアスター教に起源を持つものだという学者たちがいます。これが本当かどうかを判断することは私にはできませんが、いくつかの共通点があることは確かなようです。これについて話すと非常に長くなってしまうので、ここでは割愛させていただきます。今回のお話しと関わりのあるところとして、ゾロアスター教にも、死者の魂がある期間(ノウルーズ=正月)、家族の許へ戻って来るという考え方があるということだけ触れておきます。

 仏教に影響を与えたとされるゾロアスター教ですが、本家(?)イランでもイスラームに影響を与えていると言われています。その最たるものが死者に対する意識です。


 さて、それではまず最初に、正統派イスラーム(スンニー派のこと)では死をどのように定義しているかを説明しておきましょう。

 イスラームにおいては、死とは霊魂(nafs)が死の天使の手によって肉体を離れることとされています。より正確に言うと、心臓が止まった時です。こうした考え方から、イスラームでは基本的に脳死というのは死と認められない傾向にあるようです。

 天使によって抜かれた霊魂がどこへ行くのか、コーランの中には明確には示されていません。神の許へ行くことになってはいますが、それがいつなのかはっきりしていないのです。死後すぐになのか、最後の日を経て復活の日になのか。もし復活の日ならそれまで霊魂はどこにいるのか、そういったことはコーランには一切書かれていません。

 これではムスリムたちが不安になってしまうということで、学者たちは預言者ムハンマドのハディース(言行録)などを研究し、いくつかの結論を得ました。つまり、
 ①神の言葉を人々に伝える役割を負った預言者と呼ばれる人たちは、死後すぐに天国で
 ②神の道のために戦い、死んだ殉教者たちは天国に住む鳥たちの群れの中で安らぎながら
 ③一般の信者たちは墓の中(法学派によっては天国の最下層)で
 それぞれ復活の日を待つという結論が得られました。

 天国へ入ることを無条件に約束されている預言者や殉教者以外の人々は、最後の審判の日に、墓地でムンカルとナキールという二人の天使によって審判を受けるのです。

 最後の審判に当たっては、血統や財産は全く役に立ちません。預言者の子どもであろうと、誤った生き方をすれば地獄へ行かなくてはなりませんし、金持ちでもその財産を正しく使わなかったならやはり地獄行きです。まして、残された家族が死者のために何かをしてあげることなどできません。人間一人一人が神に対峙しなければならないからです。

 こうした考え方に従うスンニー派の人たちの墓地は大変に簡素なものです。
 土を盛って石を置き、そこに葬られた人の名前を示す墓碑すらも必ずしもあるわけではなく、墓参りに行くこともほとんどなく、ましてや仏教で言う追善供養のようなことを行うこともありません。生者が死者のためにしてあげられることなどないからです。

e0037131_3181645.jpg

e0037131_320403.jpg

これらはスンニー派の人の墓。上は子どもの墓。



 ところが、イランのシーア派の人々の考え方はスンニー派の人たちの考えとは随分違います。死そのものについてはスンニー派の考えと違いはありません。nafsが身体を離れることが死であるということは共通しています。
 では何が違うかというと、死者と生者の距離が非常に近いということです。
 それがどういうことか、具体的にお話ししてみましょう。

 まず、彼らは毎週末、親族の墓参りに行きます。これはスンニー派の人たちには見られないことです。

e0037131_3223978.jpg

家族の墓参りに来た親子連れ。



 イランのシーア派の人々の考え方によると、人は死んだ後、最後の審判の日まで、天国でも地獄でもない場所に霊魂が留まります。そしてその場所の扉は毎週土曜日の午後になると現世に向かって開き、霊魂たちは親族の許へと行き、一時を過ごし、そして金曜日にまた彼らは霊魂の場所へと帰っていくのだそうです。毎週現世へと帰ってくるとは、イランの霊魂は大忙しです。
 こうしたことから、人々は木曜日の午後になると家族の霊魂に会うために墓地へ行き、家族と語り合うのだそうです。また、木曜日の夜(こちら流に言うと金曜日の夜)に見る夢は亡くなった家族が見せてくれる夢だと考え、その夢の中で起こることや語られることを真実であると考えます。そのためか、イランにいると夢のお告げの話をあちこちで耳にすることになります。

 例えば、私がテヘランでお世話になっている方のご主人が突然亡くなりました。お葬式が終わり、しばらくして、その方の親戚や友人が集まっていた時のことです。ある女性が言いました。
「この前の木曜日に何か夢を見た?」
「見たわ。主人が夢の中に現れたので、『何か困ったことはない?』と聞いたのよ。そしたら、モハンマド(戦争の中で亡くなった息子の名)がよく世話をしてくれるから心配はないよと言っていましたよ」
「それは良かったわね。安心だわ」

 あるいは、地方の墓地を歩いていた時のこと。一つの墓の傍らに女性が座り込んでいました。声をかけてみると、前夜、母親の夢を見たので母の墓へ来たとのこと。
「ずっと悩み事があったんだけど、お母さんが答えを与えてくれたの」
 悩み事や母親の答えについては話してくれませんでしたが、すっきりした表情でした。

 このように、亡くなった人と現世に残された人の間には常に交信があるのです。これはイランのイスラームの特徴の一つということができるでしょう。

 亡くなった肉親とのつながりが保たれているということは、生きている人たちが死者のために働きかけることができるということになるようです。

 お墓参りに行く人たちはお墓で死者のためにファーティハ(ペルシア語ではファーテヘ=コーランの第一章)を唱えます。この数が多ければ多いほど死者の善のポイントが多くなり、最後の審判に有利に働くのだそうです。
 そのため、私が墓地をふらふらしている時に出会った家族のためにファーテヘを唱えてあげると、大変に喜ばれます。また、物乞いに施しをあげて自分の家族のためにファーテヘを唱えてもらうということも盛んに行われています。週末の墓地にはファーテヘ詠みをする物乞いがどこからともなく現れ、稼いでいます。バムの地震で亡くなった人の墓地でも、地震の時のけがで働けなくなった人などが、ファーテヘやコーランを読むことで現金収入を得ていました。
 この追善供養的な考え方はスンニー派では認められていません。特に戒律の厳しいワッハーブ派(サウジアラビアで支配的な法学派)やイスラーム主義者は、墓参りをはじめとする習慣を、「非イスラーム的習慣(ビドア)」として非難しています。

e0037131_3274555.jpg

 写真は、亡くなった家族のためにファーテヘを唱え、ドアー(祈りの言葉)を読む家族連れ。木曜日の墓地ではこういう家族の姿が沢山見られる。


 死者を大切にするということは墓を飾るということにもつながります。
 イランのシーア派墓地はにぎやかです。
 大理石などの墓石に、死者の名前や生年月日や亡くなった日を彫り込み、更にはその人を追慕する詩を彫り、顔写真まで彫り込んでしまいます。お金がある人ですと、記念のプレート(大抵はコーランの一節が彫られている)を建てたり、亡くなった人の写真などを飾るためのボックスを備えたり、ろうそくを立てるための場所を作ったりと、石が置いていあるだけのスンニー派の墓とは比較にならない装備が見られます。
 そしてお墓参りに来た人たちは、墓石に積もった土埃を洗い流し、持参の花を供え、ファーテヘを唱え、一時を墓の傍で過ごすのです。
 もちろん、スンニー派では墓を飾ることは真のムスリムがすることではないと言い、こうした飾り立てられた墓を建てることはしません。

e0037131_3293817.jpg

 こちらは墓掃除をする親子。ペットボトルに汲んできた水を墓石にかけ、汚れを洗い流す。息子の方は飽きてしまって一休み。


e0037131_3334685.jpg

 イランの戦後の流行はこうした顔写真を彫り込んだ墓石。墓に飾る花は必需品。凝る人だとこのようにきれいに墓を飾る。


e0037131_3362824.jpg

 最近はこんな風に女性の顔写真も彫られることが。以前は女性の顔をあらわにすることへのタブー感から、輪郭だけということがもっぱらだった。


e0037131_339780.jpg

 こちらはろうそく立て付きの墓。ろうそくを立て、ランプを灯し、死者と語り合うということは広く行われている。


e0037131_3454378.jpg

 記念プレートの一例。事故で一度に亡くなった家族のものだとのこと。お母さんの顔は隠されている。刻まれた文字はドアー(神への祈念の文句)。



 このように、亡くなった人とのつながりを持ち続けたとしても、定員一名の墓ですから、孫の代くらいになると訪れる人もいなくなってしまいます。そうなるとドライなもので、墓を掘り返し、新たに亡くなった人を埋葬したりあるいは墓地を公園に変えたりしてしまうことがよくあります。そんな時、墓石は建材などに再利用です。
 復活の日に復活すべき肉体がなくなっても良いの?と不思議に思ったのですが、これは、神の力を持ってすれば、たとえ身体が粉々になっていようとそれを復活させることは可能であるから、土に還ってしまった肉体や骨を掘り返したところで問題がないのだとのことでした。
 こうした考えに基づいてイランでは、埋葬後30年経った墓は掘り返しても構わないというファトワー(教令)が出されているのだそうです。

e0037131_359322.jpg

 墓石を利用した階段。



 こうしてみると、イラン・シーア派の考え方や習慣というのは、スンニー派のものよりは日本人に近くて分かりやすいのかなという感じがするのですがいかがなものでしょうか。

 初回からなんだかすっかり長くなってしまいましたね。お疲れ様でした。

 
<サラ>


参考までに
[PR]
# by collabo-sarakuda | 2005-08-01 04:25 | 宗教-イスラームとユダヤ
はじめのはじまり

このブログの著者はサラさんとらくさん。この界隈では知る人ぞ知るこのおふたり。


サラさんってだれ?

テヘラン大学で博士号をお取りになったDr.サラさん。13世紀イラン文学の論文をペルシャ語で書かれる非常にコツコツと地道なお方。1996年より在テヘラン。


らくさんってだれ?

お気楽、アンタイトル保持者らくさん。遠い昔に仏教を学ぶも、お気楽さがわざわってニッポン追放、ベルリンとNYを経て1998年から在エルサレム。ユダヤを学ぶ人。


こんなふたりの、これまでになかったイスラームとユダヤのコラボレーション。文化、人、暮らし、宗教観など、中東とイスラームとユダヤ世界の比較ブログ。
[PR]
# by collabo-sarakuda | 2005-07-28 22:44 | このブログについて