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サラさんとらくさんのイスラームとユダヤな世界のコラボレーション! 
by collabo-sarakuda
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スンニー派とシーア派について
 らくださんから、スンニーとシーアの違いって何?と聞かれていたのに、忙しさに紛れてうっかりしていました。
 この二つの違いを歴史や教義の上から説明し出すととても一口には書き切れませんので、とりあえず概略だけ説明します。


 イスラームの預言者ムハンマドは、預言者として、ムスリムとなった人々を正しい進行へと導く役割を負っていました。イスラームは社会的・個人的生活のほとんどをカバーしているため、預言者は信徒からの宗教上、生活上のありとあらゆる質問に答え、自らは信徒の規範として日々を過ごしていました。また、ムスリム集団に敵意を抱く勢力との争いに関しては、ムスリム社会の長として政治的な活動もしていました。この当時、彼以上に信頼でき、尊敬される人物はいなかったそうですから当然ですね。
ところが、預言者の死後、信徒の疑問に答えたり、周囲の勢力と政治的に折衝したりするために、イスラーム共同体をまとめ、導く指導者が必要となりました。それがハリーファ(khalifa後継者の意味、西欧でいうところのカリフ)です。
 もちろん預言者はムハンマドで最後ですから、政治的な後継者という位置づけであり、宗教的な意味ではありません。人間でしかない彼らには、宗教的な事柄を自ら解決するための能力はありません。
 しかし、毎日生活をしていると、疑問点や問題点はいくらでも出てきます。それを人間集団がどうやって解決するかというと、神が与えた書であるクルアーン(コーラン)を徹底的に分析することと、信徒の模範であった預言者の言動を参考にすること(このために預言者の生前の言動を記録したものがハディース)によって、疑問の解決を行ったのです。彼らは、「多分こうだろう」「恐らくこうした方が良いに違いない」といった類推や推測を行うことを好みません。あくまで預言者の慣行(スンナ)に従うことがムスリムのあるべき姿であると考えていたのです。

 ハリーファははじめ、ムスリムによる選挙により選ばれていました。初代のハリーファはアブー・バクルです。最も初期にイスラームに改宗した信徒の一人で、非常に信徒からの信頼も厚い人物でした。ムハンマド晩年の愛妻アーイシャは彼の娘です。
 二代目のハリーファはウマルで、はじめはムハンマドをはじめとするムスリムを迫害していましたが後に改悛し、ムスリムとなりました。彼の時代にイスラーム世界は爆発的に広がり、アラビア半島からエジプトまで軍を送り、エルサレムを征服し、アラビア半島からユダヤ人を追放しました。娘のハフサは預言者の妻の一人。
 三代目のハリーファはウスマーンで、選挙により選出されたにもかかわらず、一族や縁者を偏重する人事を行うようになり、不満分子により殺害されました。
 四代目のハリーファがアリーです。預言者のいとこで娘婿であるという立場から、血統を重視する一派からは早くから預言者の後継者として支持を受けていました。しかし、彼がカリフに選出された後、後継者の地位を巡ってムスリムは分裂し、争い、結局アリーも暗殺されてしまいます。
 この四人の選挙によって選ばれたハリーファの時代を、研究者は「正統カリフ時代」と呼びます。

 アリーを支持した人々はシーア・アリー(アリーの党派)と呼ばれ、後にアリーが省略されシーアと呼ばれるようになりました。
 そして、あくまで預言者のスンナに従って行動する人々をスンニーと呼ぶようになったのです。

 預言者には息子がいませんでした。息子がいることがステイタスであると考える非ムスリム・アラブは、常々それを馬鹿にしていました。しかしある日神は啓示を下し、預言者の末娘であるファーティマを通じて預言者の血は後生に伝わるとしました。
 その神聖な女性であるファーティマと預言者のいとこであるアリーの血を引く子孫は、イスラーム世界(スンニー派シーア派を問わず)ではサイイド(ペルシア語ではサイイド)と呼ばれ、敬意を表されます。

 アリーを預言者の後継者として信ずる人々は、アリーこそが預言者によって後継者として任命されたと信じ、ハリーファを認めず、アリーを初代のイマーム(指導者)として、ファーティマと彼の子孫を代々イマームとする血統主義を取ります。

 このように、預言者の血統に神聖性を認めるか否かがスンニー派とシーア派の大きな違いです。預言者も人間であるとするスンニー派は人間に神聖性を与えることを拒みますので、スンニー派とシーア派はこの部分で大きく対立します。
 もう一つ大きく対立する部分が、コーランの解釈についてです。スンニー派はコーランとハディースの厳格な遵守を求めますが、シーア派はスンニー派はコーランやハディースを表面的になぞっているだけで精神性がないとします。そして、「コーランの内面的な解釈」を行うことを求めます。これは両派の大きな違いです。もちろん、内面的解釈を誰もが行ったら、とんでもないことになりますので、イマーム(ペルシア語ではエマーム)と呼ばれる決して謝ることのない無謬の人物(預言者とアリーの子孫)のみが行えるということになっています。

 時代が下るに従って、シーア派はどんどんと分裂し、様々なセクトが登場します。その中で最も人口が多いのが12イマーム派であるとされていて、イランのシーア派もこれに属します。
 スンニー派の中にもイスラーム法の解釈の違いなどから大きく四つのグループが存在していますが、基本的な部分においては一致しています。

 私がイスラームについて何か説明する時、スンニー派とシーア派の解釈の違いについて述べるのはイスラームの解釈に大きな違いがあるからです。シーア派については、12イマーム派によるイスラーム解釈を説明させてもらっています。

 こんな風に、イスラーム解釈だけを取っても一枚岩とは言い難いイスラーム世界が、一部のテロ集団や政治家がお題目としている「イスラーム世界の統一」を果たせるのかどうか、かなり疑問があると思わずにいられないものがあるのです。
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by collabo-sarakuda | 2005-08-29 16:16 | 宗教-イスラームとユダヤ
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