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サラさんとらくさんのイスラームとユダヤな世界のコラボレーション! 
by collabo-sarakuda
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最後の日の復活はどのように行われるのか?
 らくさん、インディアナ・ラクダノ・ジョーンズ体験お疲れ様でした。
 ひげもじゃんのお墓もいろいろあっておもしろいですね。

 オリーブ山に行ったのは、1991年の11月初頭でしたが、日射しが強くて暑くて、上まで登るのが大変でした。

 ところでいくつか質問があります。

 「最後の審判の日」に、「正しい行いの人は新しい体(スピリチャルなものであって現世でいう体ではない)と共にあの世であるオラム・ハ・バで永遠に生き続けます。」
 とありますが、現世における肉体というのは蘇りの日には関係ないということなのでしょうか?

 イスラームですと、最後の審判の日に霊魂(ナフス)は元の身体で蘇るとされています。もちろん、埋葬された後、肉体は土に還り骨しか残らない、あるいは骨すらばらばらになってしまうわけですが、それでも最後の審判の日には神の力によって、元の肉体が再生されるとされています。これは恐らく、ユダヤで言う「新しい身体」とは違うものなのではないかと思いますが、どうなのでしょう。

 それからもう一つ。

 死後、生前の行いに応じて、エデンの園にまっすぐ、あるいは洗浄期間をおいて魂が送られる、ということは、最後の審判の日まで、ほとんど全ての魂がエデンの園にいるわけですよね。
 でも、オリーブ山に葬られた人はメシアの到来の時に真っ先に蘇りを果たすことができると考えられているということは、新たな身体をもっての復活は墓地で行われるのでしょうか?
 肉体が葬られた場所というのも最後の審判の日に何らかの影響~いち早く復活を遂げることができるということだけなのか、他にもあるのか~があるということなのでしょうか?これは教理の中でそう述べられているのでしょうか?それとも人々がそう考えている、というくらいのことなのでしょうか?

 更にもう一つ。

 メシアが墓を不浄なものと考え…ということですが、ユダヤ教においては、死、死体、墓は不浄なものと考えられていますか?イスラームではムスリムの死や死体は不浄とはされていません。非ムスリムについては、不浄と考える派と、啓典の民(ユダヤ教徒とキリスト教徒。ゾロアスター教徒と仏教徒も第二級啓典の民)は不浄ではないがそれ以外は不浄と考える派とあるようです。


 図々しくいくつも質問をしてしまいました。ごめんなさい。


 上の質問との関連は薄いのですが、思い出したことがあるのでご紹介しておきます。

 ユダヤ教徒の墓地ではどうか分かりませんが~多分同じだと思うのですが~、ムスリムの墓は、誰かが亡くなった時に、墓地の空いているところに順番に埋葬をするため、家族であってもばらばらの場所に埋葬されることもしばしばです。それを防ぐため、あらかじめ墓地の一角を家族の墓のために買っておく人もいますが、お金がかかるためにそうしない人も多いです。おかげで、テヘランの公共墓地では、お父さんのお墓とお母さんのお墓が自動車で移動しなくてはならないほど離れてしまうこともあったりします。

 他宗教でもそう言うことが多いですが、イスラームでも子供は清らかに産まれた存在であると考えられています。従って、子どもが亡くなった場合、現世の穢れに染まる前になくなったと考えられ、必ずや天国へ行くと見なされています。
 そのように必ず天国へ行くことができる清らかな子どもが、墓地の空きの都合で地獄へ行くかもしれない大人の間に葬られ、最後の審判の日に大人の間で復活するのはかわいそうだと考える人もいます。
 そのため、自分の子どもが亡くなった時に、同じように天国へ行く子どもたちと同じ場所に葬ってあげたいと考える両親も多くいます。
 こうした人たちの要望に応えて、テヘラン市の共同墓地(ベヘシュテ・ザフラー)には、子どもだけが葬られている一角があります。
 イランでは、木曜日の午後になると、早世した我が子に会いに子ども墓地区へやって来る人々を見ることができます。

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 これはテヘランの共同墓地内に設けられた子供用墓地。


 死後も家族で一緒にいたいという人には、家族用墓が用意されています。下の写真のような建物の一部屋を買うのですが、これがとんでもなく高額だそうで、相当なお金持ちでないと購入できないそうです。

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 これが家族用墓の外観。アーチ一つが一部屋の大きさ。


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 こちらは部屋の中の例。


 それともう一つ。

 イスラームの多数派であるスンニー派では、預言者以外どんな人物も最後の審判の日に神に人の罪のとりなしをすることはできないとされています。
 ところがシーア派では、預言者の従兄弟であり娘婿である初代イマーム・アリーの息子である第二代目イマーム・ハサンと第三代目イマーム・フサインの血統(つまり預言者の血を引く人々)の人々であるイマームとその家族は特別な力(バラカ)を持つと考えられ、神に対するとりなしの力を持っているとされています。
 このため、死後はイマームの近くに葬られ、イマームの持つバラカによって来世での幸運を得ようとする人が多くいます。

 サウジアラビアにも預言者や何人かのイマームの墓がありますが、シーア派に対して否定的なサウジアラビアへ遺体を運び、葬ってもらうのは難しく、ほとんど行われていません。
 第三代目イマームの殉教地であるイラクのカルバラー、初代イマームの墓所であるとされるナジャフ、イランでは第八代目イマーム・レザーの廟があるマシュハドや、ゴムにあるレザーの妹の廟であるマアスーメ廟が人気です。
 イランのレザー廟や、マアスーメ廟に一時間もいると、いくつもの棺桶が運び込まれ、廟を一周し、墓地へ運ばれていくのを見ることができます。また、イラン・イラク戦争中でもカルバラーへ家族の遺体を葬るため、こっそりとイラクへ遺体を運ぶ人も多かったと聞いています。

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 これはゴムのマアスーメ廟近くにある墓地の一つ。敷地は全部、墓墓墓。奥に見えるのは、イマームの血を引く聖者の一人の廟。


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 ちなみに、こちらはパキスタンとの国境に近い町、ザーヘダーンの町はずれに設けられたスンニー派の共同墓地。イマームや聖者の廟に寄りかかることなく、誰の墓か墓碑さえもない墓も多い。


 らくださんに指摘されたスンニー派とシーア派がどういうものなのかについては、まとめるのにちょっと苦労していますが、この次にはきちんと説明できるようにします。



 肉体の再生についての物語が伝えられています。

 ある日、ムーサー(聖書の中のモーセ)が海辺を歩いていると、下半身が海に浸かり、上半身は砂浜に打ち上げられている遺体がありました。それは下半身は魚につつかれ、上半身は鳥についばまれ、ぼろぼろになっていました。
 ムーサーは不安になりました。
「このように海と陸で身体が散り散りになってしまったら、最後の日にどうやって復活できるのだろうか?」
 神はムーサーの不安に答えを与えました。
 神はムーサーに鳥を一羽屠り、その肉を四等分して、山や野原などにまくように命じました。ムーサーは命じられた通りにしました。
 鳥はムーサーの目の前で生き返り、また一羽の鳥となって飛んで行きました。
 神は、「身体がどんなにばらばらになろうと、神の力を持ってすれはそれを蘇らせることは簡単である」ということを証明したのです。
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by collabo-sarakuda | 2005-08-08 09:50 | 宗教-イスラームとユダヤ
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