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サラさんとらくさんのイスラームとユダヤな世界のコラボレーション! 
by collabo-sarakuda
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丹波さんは納得するのか、ユダヤの死後の世界
死者の魂はどこへ行くのか、いやいや、思いもよらず第一回からかなり手こずってしまいました。これについてはユダヤでも派によって色々と意見が別れているので、それをできるだけわかりやすくまめるのにかなり苦労しました。ふー。

そう、日本ではもうすぐお盆ですね。子供の頃、お盆が過ぎるともうクラゲが出て海水浴の季節も終わってしまい、やけに寂しくなったものですが、中東という季節の風情のない土地にいると、日本の季節の行事などにどんどんと疎くなってしまいます。

このお盆ですが、これは日本の仏教では一般には盂蘭盆会(ウラボンエ)というサンスクリット語からきています。ペルシャ語のウラヴァンまたはウルヴァンという言葉からだともどこかで聞いたことがありますが、どうでしょうね、あまり信憑性はなさそうです。ちなみに浄土真宗では、お盆というものはもともとありませんでした。元来、真宗ではお墓というものがなかったのですから、当然墓参りをするという習慣もなかったんですね。それが民衆の間で行われていた墓参りの習慣が真宗門徒にも入り込み、お盆には墓参りをするようになった。でも真宗では死者は墓にいるのではなく、浄土にいるのだから、やはり墓参りというのは基本的には意味を成していないわけです。

さて、サラさんによるとイスラームでは「天使によって抜かれた霊魂がいつ神の許へ行くかがはっきりせず」 そして「人は死んだあと、最後の審判の日まで、天国でも地獄でもない場所に霊魂が留まります」ということですが、ユダヤではどうなのか。

紀元前6世紀あたりにはじまったユダヤの死後観ですが、ユダヤではこの世は仮の住まいであり、死後に行き着くオラム・ハ・バ(来たる世界)、簡単に言えばあの世、が本当の住処だとされていますが、人が亡くなってからそこに行き着くまでにはいくつかの段階があります。人が亡くなってから3~7日間で魂は体から離れ、そのあとにエデンの園(天国)かゲヒノアム(地獄)へ行きます。これは現世でどれだけ戒律を守り、正しく生きたかであったかによって分けられ、現世での正しい行いの人の魂はエデンの園へ、その反対の人の魂はゲヒノアムに送られ12ヶ月の魂の洗浄をしたのち、初めてエデンの園へ送られます。

最終的にはこのようにすべての魂はエデンの園に集まり「死者のよみがえり」をもたらすメシアがやってくるのを待ちます。そしてその後に「最後の審判の日」が訪れます。正しい行いの人は新しい体(スピリチャルなものであって現世でいう体ではない)と共にあの世であるオラム・ハ・バで永遠に生き続けます。この考えがユダヤでは一般的な考えですが、この他にも色々なアプローチがありますが、それを挙げていくとあまりにもややこしいので、今回は省きました。


ユダヤは墓参りをするのか。

先ほども述べたように真宗でも人が亡くなると浄土へ行き、墓自体はさほど意味を持ちませんでした。それと同じようにユダヤでも亡くなったあとで現世を離れるので墓自体にさほど深い意味はなく、一年に一度、亡くなった人の命日に墓を訪ねること意外に家族の墓参りの習慣はありません。でも、これすらもしなければならないことでもありません。

一昨日と昨日にかけて、エルサレムのユダヤ墓地へエンヤコラッと行ってきました。旧市街の近くのオリーブ山のユダヤ墓地、以前サラさんも一度行かれたことがあると仰っていましたが、日中は日差しが厳しすぎるので夕暮れにかけて探索しました。このオリーブ山は山全体が墓地となっていますが、これはメシア(救世主)が現れるのがこの山で、ここに埋葬された人たちの魂はメシアの到来によって起こる「死者のよみがえり」を誰よりも早くできるとされているからです。そしてメシアはオリーブ山の向かいにある黄金門から旧市街へと入っていくのですが、メシアが墓を不浄な場所として恐れるだろうと考えたムスリムは門の前にムスリムの墓地を作り、メシアが入れないように門を封鎖しました。下の写真の真ん中から右寄り、壁の上部にポコッとなっているのが封鎖された黄金門です。

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ユダヤの墓は派手な装飾をすることはなく、お供えの花などもありません。その代わりに墓石の上にそこら辺に落ちている石コロを拾って置く習慣があります。うーん、とことんケチンボなんですねユダヤって。あ、うそうそ、冗談です。ユダヤでは何事も自己満足のために行動するのではなく、そこに理由付けを求められます。例えばキパをかぶったヤコブさんがNYからイスラエルへ旅行をするとします。それを聞いたヤコブさんの友人は1ドル札を嘆きの壁のそばに置いてきてほしいとヤコブさんに手渡します。こうすることによってヤコブさんはただ自分の楽しみのためだけに旅行するのではなく、友人の1ドルを嘆きの壁に持って行くという理由と目的を得られ、その行いは神に守られることになります。

墓に行く時にもそれと同じように単にそこへ行ったのではなく、実は墓を直しに来たのですよと石コロを墓石の上に置いて死者への敬いを表わし、神によって墓へ行くことは安全に守られます。昔は今のようにきちんとした墓石があったわけではなく、その辺の石コロを積み重ねてあったので、その名残りで今でも石を置くことになったようですね。時には墓石の上に祈りの書かれた紙切れが置かれていることもあります。


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はじめて見たおもしろい墓がありました。筒状になっているのがトーラー(旧約聖書)の巻物を模ったもの。時代はわかりませんでしたが、何百年か前のもののような感じでした。




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ラビ ベン・イシュハイの墓。1832年生まれのバクダッドの偉いこのラビは、彼が亡くなってからある夜、一人のユダヤの男の夢に現れ、自分はイラクのある場所に埋葬されているからそこを見つけてオリーブ山に移してほしいと伝え、その男は夢のお告げの通りにその場所を見つけ出し、ラビの墓をここに運んできたという言い伝えがあります。墓の下が煤けてますね。祈りにやって来た人たちが灯したロウソクの炎や火の跡のようです。


このオリーブ山の墓地の下の谷には何百年前もの人たちの朽ち果てた墓などもありますが、それよりずっと昔の聖書時代のユダヤの遺跡があり、ちょっとした「インディアナ・ラクダノ・ジョーンズ体験」でした。

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左は0~1世紀当時の裕福なユダヤの権力者ハー家の墓。映画ベン・ハーのハー家なのかはわかりませんが言い伝えではそうだろうと。その隣の三角屋根の墓は旧約聖書のザハリヤ(ゼカリヤ)書の預言者ザハリヤの墓(紀元前5世紀)。



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サムエル記16章15節「アヒトフェルとフシャイ」に出てくるアビシャロムの墓。生前の彼は父親をないがしろにしたので今でもこの墓の前を通ると墓に向かって石を投げます。


ちなみにエルサレムの旧市街の外にはクリスチャンの墓地があり、そこにはスピルバーグ映画の「シンドラーのリスト」の主人公、オスカー・シンドラーの墓があります。昨日の午後にテクテクと歩いてその墓地へ行ってきましたが、がーん・・・。閉まってるやん!遅すぎた・・・!!南京錠がかかっておりました。教訓、旧市街での墓場探索は午後4時までに!


いやいや、お疲れさんでした(←自分。笑)。

らくだの
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by collabo-sarakuda | 2005-08-05 23:28 | 宗教-イスラームとユダヤ
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